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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)1851号 判決 1977年11月30日

控訴人 日本国有鉄道

右代表者総裁 高木文雄

右訴訟代理人弁護士 水口敞

右訴訟代理人 森辰夫

同 浅野昭二

同 毛受康彦

被控訴人 横内晃

右訴訟代理人弁護士 徳矢卓史

同 徳矢典子

右訴訟復代理人弁護士 梅本弘

同 布施裕

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、

(1)  原判決別紙目録(一)記載の株券について、被控訴人の大阪屋証券株式会社に対して有する返還請求権を譲渡し、かつ右会社にその旨の譲渡通知をせよ。

(2)  右目録(二)記載の株券について、被控訴人の日興証券株式会社に対して有する返還請求権を譲渡し、かつ右会社にその旨の譲渡通知をせよ。

(3)  右目録(三)記載の株券を引渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、求める裁判

(一)、控訴人

主文と同旨。

仮執行の宣言。

(二)、被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、当事者双方の陳述、証拠の関係は、次に記載する外、原判決の記載を引用する。

(一)、控訴人の陳述

(1)、原判決の悪意に関する認定には、到底承服できない。

元来、善意、悪意という要件事実は、人間の内心における認識であって、これを外部から直接うかがい知ることは不可能である。

従って、善意か悪意かは、当事者の自白のない限り、間接証拠、状況証拠によって認定する以外に方法はない。

本件の場合、菊地清から被控訴人が本件株券の引渡を受けた状況を、し細に検討するに、被控訴人は、菊地清が何をしたか、又は同人の行動について十分知悉していなければ説明のできない点が非常に多い。被控訴人が自己に有利に主張している事実は、外形上、その善意性を装うための演出と思料される。

昭和四七年一〇月二〇日、被控訴人は菊地に現金一五〇〇万円渡したと主張しているが、菊地は午前一〇時頃来て正午頃退出しているので、この二時間の間に原判決認定の各行為が果して可能かどうか非常に疑わしい。

まず、菊地と被控訴人は初対面であり、菊地が株券を担保に金融を依頼したとすると、一応株券の調査をするのが、物事の順序である。持込まれた株券は、四六銘柄、約二六〇枚、株数にして一六万八八九〇株であり、又株券も、一株券から千株券まである。専門家が一応の調査をするにしても、一時間はかかるといわれている。この点について、被控訴人は原審で「小池(女子事務員)に調査表を作らせて検討した」と述べているから、この調査にかなり時間が経過したであろう。

次に、当日交付の一五〇〇万円の内、手元に持っていた金は八五〇万円に過ぎず残余の六五〇万円は、数人の者から借りて来たという。被控訴人の原審での供述によると、大一商事株式会社の堀義治から二〇〇万円、東洋商事の専務奥村敏和から二〇〇万円、宝塚の逆瀬川に住む山内正行から二五〇万円を借入れたという。

宝塚の逆瀬川は、被控訴人の事務所から約三〇粁あるので、その往復には、かなりの時間がかかる。東洋商事の従業員清水末和は、被控訴人の外出時間は、二〇~三〇分位と証言している。山内正行は、警察の供述調書で、被控訴人に金を貸したのは一〇月二一日と述べ、証拠として銀行通帳控を提出している。山内の供述調書が正しいとすれば、一〇月二〇日には、被控訴人は山内正行の所へは行ってないことになる。

また、山内正行は、一〇月二一日に二〇〇万円貸したと言っており、堀義治は、一〇月二〇日に貸した金は一〇〇万円と供述しているのであり、借入内容の明細は関係人毎にまちまちであり、しかも関係人の言い分は、本件事故直後のものであることに注目して頂きたい。

右の事実を総合すると、初対面の人に株券を担保に一五〇〇万円貸与したということも、被控訴人の企業規模からみて、容易に肯認できないし、又、一〇月二〇日の午前中に僅か二時間の間に、株券を調査して、その上、他から金を借りて来て菊地に渡したということも、話のつじつまが合いすぎていて容易に信用できるものではない。

しかも、被控訴人は、その日のうちに株券を換金しようとして、日興証券株式会社難波支店及び大阪屋証券なんば支店へ、異常な態度で接触しているのである。

従って、被控訴人は、何らかの形で、菊地清が来訪することを予め知っており、しかも菊地の行為、行動についても十分認識していなければ、被控訴人の一〇月二〇日の態度は説明できないものであり、被控訴人は本件株券を菊地清から取得するに際し、菊地に於て、本件株券を窃取する等第三者の占有を排除してきた物件であることを知っていたものである。

(2)、仮に、被控訴人に於て、本件株券を、菊地が第三者から侵奪して来た事実までを知らなかったとしても、本件の具体的事実関係からみて、被控訴人は、本件株券を菊地から取得するに際し、菊地が真実の権利者でないことを察知していたもので悪意であり、そうでなくとも重大な過失があったから、本件株券の占有者である控訴人に対し、右株券を返還する義務がある(商法二二九条、小切手法二一条)。

(3)、本件株券は盗品であるから、被害者である控訴人は、占有者である被控訴人に対し本件株券の回復請求をすることができる(民法一九三条)。

本件株券は、いずれも記名株券であるが、昭和四一年の商法改正(商法二〇五条)により、株券の譲渡には、その交付のみをもって足りることになった。従って、記名株券に株主の氏名が記載されていても、証券上の権利者を特定する意味をもたず、単なる引渡によって権利の移転を生じ、その占有のみにより権利者の資格が認められることになった。ここに於て、記名株券は法律上当然の無記名証券である(注釈会社法(3)一三〇頁)。従って、記名株券は、民法八六条三項の動産とみなされる。

民法一九三条の回復請求権を有する者は、必ずしも株券の所有者である必要はなく、寄託してある物等が盗まれたときは、受寄者も回復請求をなし得ることは通説、判例の認めるところである。

よって、本件株券の盗難の被害者である控訴人は、民法一九三条により、盗品の回復請求をなし得るものである。

仮に、無記名証券の場合に於て、民法一九三条の適用がなく、商法二二九条、小切手法二一条に従うべきものであるとしても、被控訴人が、本件株券を取得するに際し、悪意又は重大な過失があるから、本件株券を取得するものではない。

(二)、被控訴人の陳述

(1)、被控訴人が、本件株券を取得するに際し、第三者の占有を排除してきた物件であることを知っていたとの控訴人の主張は争う。

被控訴人が本件株券を取得したのは、昭和四七年一〇月二〇日であるのに、被害届は、昭和四七年一〇月二二日提出され、その当時には被害品目が全く特定されておらず、取得当時、被控訴人が本件株券につき盗難品であるとの事実を知ることは、客観的に不可能である。

また、本件は甲五一号証判決に「賍品処分の際に相手方を信用させ、且つ犯跡を隠蔽するため―中略―綿密周到なる事前工作を施しており……これにより偽計が用いられた」と判示しているとおりである。

かかる綿密周到な事前工作の下で用いられた偽計につき、通常人に対し、これを看破し盗難品であると判断することを期待することは不可能であり、主観的にも被控訴人は本件株券の善意の特定承継人であるということができる。

(2)、控訴人の(2)の主張は、主張自体失当である。

商法二二九条、小切手法二一条の規定は、株券上の権利の取得原因を定めたものであり、控訴人自身は、本条にいう占有者(旧所持人)には該らない故、本件に基く返還請求権は認められない。

つまり、商法二二九条、小切手法二一条但書は、株券(又は小切手)の旧所持人(実質上の権利者)が有する権利であるところ、控訴人は別紙目録(一)(二)(三)記載の各株券につき、株券上の権利の譲渡を受けたものではなく、単に包括的に占有していたにすぎず、之をもって実質上の権利者を意味する旧所持人たる資格ありということはできない。

また、被控訴人は本件株券を悪意なくして取得したことは前述のとおりであり、重大な過失もない。被控訴人は本件株券取得に先だち、訴外沖の人物確認のため会社宛に電話しているのである。

(3)、控訴人の(3)の主張は、主張自体失当である。

株券が盗難にあった場合は、民法一九三条を適用すべきものではなく、小切手法二一条に従うべきものと解するのが相当である。

株券に関しては、民法の特別法たる商法の規定するところであるから、株券についての法律上の紛争は、原則として商法に従って判断すべきであり、商法に該当条文がない場合に初めて民法に該当条文があるか否かを考慮すべきことになるから、盗難にあった株券については、民法一九三条に優先する商法二二九条、小切手法二一条を適用すべきである。

なお、控訴人には商法二二九条、小切手法二一条の適用もないことは、前述のとおりである。

よって、控訴人には、民法二〇〇条二項但書に基く占有回収の訴を起す以外に法的手段はない。

理由

次に記載する外、原判決の理由を引用する。

原判決一一枚目表一一行目から裏六行目までを次のとおり変更する。

「し、さらに残金一〇〇〇万円を交付した。

本件株券は、別紙目録(一)、(二)、(三)記載のとおり、四七銘柄、約二六〇枚、一枚券から千株券まであって、多数の端株があり、名義人も非常に多数であること。

(二)、右認定の事実及びその資料を考え合せると、被告は菊地から本件株券をこれが菊地らに於て他人から盗取し又は横領、詐欺の犯罪行為により違法に取得してきた物件であることを察知しながら、そのいずれの方法で取得してきたものであっても構わない気で、右株券の引渡を受けたことが認められるから、被告は、本件株券の侵奪者である菊地から本件株券侵奪につき悪意で右株券の占有を承継したものということができる。」

このように、盗取された株券を盗取者又はその共犯者から売買等の取引によって同株券の占有を承継取得した者が、右取得に先立つ前占有者との取引の交渉の経過、その間の相手方の言動、取引株券の銘柄、数量価格等、その他諸般の事情から、右株券の占有を取得するに際し、右株券が何らかの犯罪によって取得されたものであることが確実で、盗取されたものである可能性も十分にあることを知っていた以上、たとえ右盗品であることの認識が未必的であったとしても、民法二〇〇条但書にいわゆる「承継人が侵奪の事実を知りたるとき」に該当すると解するのが相当である。けだし、右承継人が右株券の占有を取得するに際して、それらが犯罪によって取得されたものであることを確実に知り、併せてその盗品である可能性が十分あることを知っていた場合と、それらが盗品であるおそれもあるが他面犯罪によって得られたものではない可能性もあると考えていた場合とは、等しく盗品であることについて未必的認識がある場合と言っても、両者はその未必的認識の性質において根本的に相異する互に全く異質のものと言うことができるのであって、後者はまさしく前記二〇〇条二項本文所定の場合に該当するけれども、前者は、この場合における承継人の行為の反社会性にかんがみて、同条但書の場合に該当すると解しても少しも右但書の趣旨に反するところがないからである。そればかりでなく、盗品については、盗取者自身又は盗取行為の直接の目撃者以外の者が盗品であることの確定的認識を持つことは極めて稀なことであって、多くの場合漠然と犯罪によって得られたものと意識するに止まるのが通常であるから、株券が犯罪によって得られたものであることにつき確定的な認識があるけれども盗品であることについては未必的認識を有するに過ぎない場合を右但書の適用から除外することは株券の盗難に関し、被害者がその所有者でない場合には被害回復の機会を失う危険にさらすことになり、他面盗品の故買収受と言う反社会的行為の行為者に対し不当な利得を保持する機会を増大させ、かえって右但書の趣旨に反することになるからである。

以上の認定、判断に反する被控訴人の主張は、いずれも採用しない。

そうすると、控訴人は被控訴人に対し、原判決別紙目録(一)、(二)、(三)記載の株券の返還及び損害賠償を請求することができるのであり、原判決記載の請求原因(五)の事実は、当事者間に争いがないから、控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものであり、これを棄却した原判決は取消を免れない。

よって、民訴法第九六条、第八九条に従い、仮執行の宣言はこれをつけないことにし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長瀬清澄 裁判官 岡部重信 藤井正雄)

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